人名簿ふうに

                 ― 大阪のへんな飲み屋で

         寺島珠雄    ばあちゃんは八十四で去年死んだ。 そのつれあいの名が店の名か。 もっと昔の誰かの名か。 値段は一つも書いてない。 いや 何ができるかも書いてない 十年前のするめがケースの隅っこにある。 和歌山直送の鯛が出てくる。 ぶあついテキも焼く。 関東煮はよく煮えている。 酒の燗は半ば客まかせである。 ボーリング好きなおかみ一人の店である。 竹中労はそこで夜ふけまでうたう。 向井孝は家出娘にやき芋を食わせる。 時計屋さんは毎晩銭湯帰りに寄る。 洋服屋の兄貴はよくしゃべる。 近くの赤提灯ではビールを借りにくる。 粟田茂は酒を飲まず魚を食わずである。 秋山清も黒いベレーできたことがある。 便所へ行くと月が見える。 犬二匹 猫二匹 竹島昌威知はハシゴの果てに居眠る。 ベトナム 沖縄 安保 大学 釜ヶ崎― 書いてないものがこの店にはある。 恋人たちは隅っこでひそひそ。 三好弘光は蟹をむしり シベリアを語る。 禿げた学芸部記者は女に惚れたいという。 川島知世は子豚の貯金箱を抱いて帰る。 おかみの歯は生れた時からのように欠けている。 ここでは酔うことが正義である。 酔いどれた者だけが明日もおのれの場所で生きる。 おれはこの店に借金がある。       (週刊アンポ No11 70・4/6号所収)

*「遊撃」316号(東京都世田谷区代沢2-41-13、長谷川)は、昨年亡くなった
 寺島珠雄さんの追悼号です。寺島さんのお名前は「遊撃」誌上や他の詩の本
 などで、たびたび目にしていたのに、詩としてきちんと出会えなかった自分
 のうかつさに今さらながら思い至ったのでした。

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