理由はいつも外にある

― 河野晋平に捧げる ―

下前幸一

           日盛りの森を過ぎると 標に記憶は立ち止まる 昨日僕がいたその場所で 誰かが今を語っている 待ち合わせのない午後 水際の不安は 痩せた僕を隔離する 喉元まで忍ぶ浸食の 水浸しの恐怖をすくい 君の範疇を移す カラダは僕たちを結ばない 滅びた約束が 僕たちを離さないように 覚醒は僕たちを蝕む 夕刻には我に帰るのだ なかった宴の跡地に 誰かが準備を始めている だから行かなければならない 日暮れの延焼 すれ違う言葉の入り日に 希望は宙に浮いていた 確かめる足場もないままに 自らに感染している 僕は君には語らない 背中合わせの距離や 肩越しの誤算に 心が揺れても 静かに思い出を燃やしている 言葉なく沈黙は離反する 剥離する非透明の雲母 思いが闇の深みに消えるとき 不在の現実に 君の確かさを傍受する いつかは全て分かり合えるはずだというドグマや 同じ一つの現実を生きているという思い込みや 動かない確かさの基準を掴むことができるという妄想に いつも自らを啓蒙している 僕には場所はない その鏡面との距離の自覚において 僕には場所はない どんなに近くても 見えない場所に 僕には場所はない 冷たい石の部屋で 埋もれた歴史に頭を垂れても 僕には場所はない だから行かなければならない 教えられた記憶がねじれて 君の肉体と奇妙な二重ラセンのダンスを踊るところまで 僕たちは決して終着ではなく ついに過程に過ぎないことをその場所で思い知る そこへ 行かなければならない 交わしあった言葉や 僕らの現実が必死の方便だからこそ わかちがたく真実と結びあうその場所へ 絶え間ない反復がやがてひとつの確信を析出する 酔い覚めの朝の目覚めへ 行こう 途方もない距離に置かれて 足元をさらって落ちていく深いめまいのただ中へ 行かなければならない かろうじて自らに踏みとどまりながら 行こう 今事切れる思いを抱えて 記憶が忘却と接する所 いつか僕たちが招かれた 不在の場所へ 佇みよ 言葉なく動かない影の佇み 身体のない佇み 焼けた砂漠の独学よ 僕は今、何か大切なものに触れている 優しさが枯れる 感情が乾く 会話が痩せる 想像が落ちる 僕の中に希望はない 何処かで僕たちは終わる その何処かで僕たちは接続するために 僕と何かとの端境に強く つねに滅びのうちに回転している 理由はいつも外にある                     

*河野さんが亡くなったことを知らされたのは、彼が属していた同人誌「グループ絵画・会報」(98年12 月)によってでした。2月頃に「骨折して、田舎で療養している」という手紙をもらって、しばらく音信がなかったのですが。会報を目にしたとき、なにか足元をふっとさらわれたような感覚におそわれました。
 河野さんの作品は、半年ほど前に「身にしみて、ひたぶるに、どこかしこ…」という詩を紹介しました。詩誌「KAIGA」からの再録だったのですが、虫が知らせたのかもしれません。
 1月の「KAIGA」59では、河野さんの追悼特集をくんでいます。読みながら、僕は河野さんの歌や詩の朗読のライブの姿を思い出していました。二年ほど前に、新日本文学会・関西の主催で、大阪文学学校で朗読会を行ったときのことです。かたずをのむような朗読でした。スポットの黄色い光に包まれて、背景の闇の中へと、彼は消えていくのです。
 ご冥福をお祈りいたします。

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