祝宴
下前幸一
また、雨が降ってきた
帆をあげよう
気づまりな歳月の
憂鬱の無量と
記憶の原のざわめきに
暗がりのすみかに
居残りの時間は過ぎた
あの日の遺溝は静か
よこしまな希望でさえも
群衆の影もなく、今は
君の濡れた背と
背を這う感情の窪みに
痩せ衰えた風はようやく
僕たちを誘う
いつかの葉擦れの囁きに
枯葉色の錆びた歓声
春のこわばり
あれは遠い戦況のアナウンス
長い石の沈黙を
密やかに僕たちは裏切る
溺れるように僕たちは
あがきもがいたのだ
語る流儀を遡り
語られる正しさの
無防備な饗宴に呑まれつつ
信じた理想の分だけ
現実は見失われた
うわ滑る言葉や
虚の断崖への激突に
君は幾度も死んだのだ
午後スクリーンの沈黙に
モノトーンの回想が映る
微かな痛みをともなって
無音の葬列は過ぎていく
忘却の水面下へと
時代を代表し
時代であろうとした
あの旗を見よ
行進する現実に翻り
べた凪の疲労にまみれた旗
生き残った者の汚れを
脂ぎった息切れの惨めさを
地表に露出する赤錆の事実を
焦点を移ろう毎日のシカト
自らに言及するいたいけな欲望を
交わす言葉もなく
頑なに営みは軋む
誰に言うべきこともなく
いたずらに紡ぐ沈黙の
日々の無実に
訪れる者を迎えよう
やがて立ち去るおのがうつせみの
悔恨のたたずみに
通り過ぎる影の言い置きに
乾杯
倒木の響きに
乾杯
誰もいない交差点の
言葉のカマイタチ
廃屋の祝宴に
缶ビールの痛みに
乾杯
乾杯!
過ぎてしまった全ての偽りや
がに股の思想
屈折する感情の スローカーブの納得や
殴られた怒りの複雑骨折や
いつかは癒えてしまうかさぶたの悔しさに
乾杯!
菜園ののどかに ほどけていく余生や
静かな 査問官のない自虐や
還元を拒む一センチメートルの悲しみや
焼けた伽藍の 喪失に
乾杯!
亡命者のラジカルと
逃亡者の繊細と
住人の無垢な権力と
昼間ダイニングの静かさと
君の誕生と
そして感情の死に
乾杯!
僕たちにはもう故郷がないから
故郷を捨てる反逆も
故郷に帰る喜びもないから
僕は 僕の憂鬱でしかないから
乾杯!
半球の夜と 白昼に乾杯
イルミネーションが滲んでいる
僕たちは滲む
むしろ液体だから
全ての現実と同じくらい液体だから
イルミネーションに滲んでいく
ざわめく毎日の
聞こえない無音
それぞれの理由と
憂鬱のそれぞれに 乾杯
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